非常識天然奇行浪漫譚

日本語したため屋の備忘録です

年末の気分

大人になると時間が過ぎるのが早くなるのは、

これまでの経験が日々おこることから

鈍感になっていくからというのが

まあまあ偉い人らの共通見解。

やので行事ごとやイベントが

通過儀礼のようになっていると

ただの害にしかならんらしい。わかる気がする。

 

行事ごとと言えばハロウィンやクリスマスで

はしゃぐのがいまいちピンとこないんだけど、

ああいうとき絶対に

「クリスマス気分」

って言う人がいて、ということは

その時点でその人の中にあるクリスマスが

そもそも「偽」だったってことに気付いたのか、

または今味わっているクリスマスが「気分程度」

と吐露してることになってるのかなどうかな。

わーと楽しんでそうな人に限って溢すこの「○○気分」。

ぜんぜん楽しんでないんやって思うよね。

今後VRやARの進化によって得られる擬似を

すでに体験してる感すらあるこの発言は

無意識下ではあるんやろうけど

ものすご不自由な感じがしてハッてなります。

 

今年の年末年始はとてもまったりとしていて

今日とりあえず髪を切りにいき、夕方まで寝てた。

明日は自転車を直しに行きたいし、

執筆の際にお世話になっているカフェに顔も出したい。

今年は旧交をあたためる機会が多くて、

来年以降もなんかしらのつながりが増えればいいよなー

と思っている。

そして同じことの繰り返しはさらにどんどん減らして

新しいものをガンガン目に入れて、ふがふが嗅いで

全方位でへーと思いたい。

その一環として昨年(つまり今年)は元旦から出勤で、

そのときは別にいいやと思っていたけど、

過ぎてみれば二度とごめんだね。

元旦からの出勤があんなにも陰を落とすとは。

今後元旦に働いている人との接遇には

とても痛み入ると思うけど、自分はそういうのはもういいです。

元旦からとか行事ごとで馬鹿騒ぎしているなか、

働いている人ってほんと偉いよな。

 

とりあえず今はとくに小説を。

書きたい気分やし書けそうやので、

やってることはいつもと変わらんけれども、

やりたいことをやりたいタイミングでやれてる

ということは「○○気分」の不自由さと比べれば

個人的にとても幸せな感じがする。

明後日は掃除もしたい。

家を丸ごと洗う感じでやりたいし墓参りもしたい。